ナノクラスター
どのようにして受容体やシグナル伝達分子の時間的・空間的制御がなされているか、またそれによってT細胞の活性化や運命決定がどう制御されているかを知ることは、免疫応答を理解する上で重要な課題である。獲得免疫応答を制御するT細胞は、たった1つの抗原認識受容体:T細胞受容体(T cell receptor :
TCR)を介して、多様な生理反応を起こすことができる。なぜ1つの受容体からそれほどまで多様な反応を示せるかという理由は、やはりTCR下流のシグナル伝達系が複雑に分岐し、多くの生理的にも重要な経路がクロストークしているからだろう。その複雑さを少しでも理解し易くする手段として、イメージングを基盤にしたT細胞シグナル伝達研究がある。T細胞はTCRを介して、樹状細胞やマクロファージなどの抗原提示細胞上に発現している主要組織適合遺伝子複合体(major histocompatibility complex :
MHC)と、それにロードされている抗原ペプチドを認識し活性化する。TCRとMHCがクローニングされた当初から、この2つの細胞の接着面は“細胞間の通信手段の場”となっているであろうことが期待されていた1)。15年を経過し、それが「免疫シナプス」として報告され、その後「マイクロクラスター」や「ナノクラスター」が免疫シナプスを構築していることが明らかになってきた。その過程においては、2014年ノーベル化学賞の対象となった超解像顕微鏡の革新的技術の功績も大きい。ここでは、先端的イメージング技術により解明されつつあるTCRシグナル研究の最前線につき概説したい。
T細胞シグナルの場「免疫シナプス」
免疫シナプスは、初期の共焦点レーザー顕微鏡の普及と共に発見された、T細胞と抗原提示細胞との間に形成され二つの細胞の活性化制御を担う膜構造である(図上段左)。その構造は、“Supramolecular activation cluster (SMAC)”と称される同心円構造として、MonksらによるT細胞—B細胞の共焦点レーザー顕微鏡観察2)、およびDustinらによるMcConnellの抗原提示平面脂質二重膜(プレイナーメンブレン)法3)を用いたT細胞—メンブレン間の観察により同定された4)。免疫シナプスの中心部いわゆるcentral(c)-SMACには、TCR—MHCと非典型プロテインキナーゼprotein kinase C q (PKCq)が集まる(図上段右)。その周囲には、接着分子lymphocyte function-associated antigen-1 (LFA-1)とそのリガンドintercellular adhesion molecule-1 (ICAM-1)や、細胞骨格分子タリンやアクチンなどの構造蛋白質が集まり、peripheral(p)-SMACとしてシナプスを安定化させている。distal(d)-SMACには、c/p-SMACから追い出された背の高い膜型フォスファターゼCD45などが集まっている。T細胞シグナルを担うTCRやPKCqがc-SMACに凝集し、膜型フォスファターゼCD45がd-SMACに排除されることから、この同心円状の分子の再配列は、活性化分子と抑制性分子との分画がT細胞活性化の第一段階であるとする力学モデル“Kinetic segregation”モデルの基礎となった。免疫シナプスが、T細胞の抗原認識と活性化に必須な構造であるという考えは、SMAC形成とT細胞活性化との相関関係からであるが、この同心円構造が抗原提示細胞の種類や活性化によって多様であること、特に樹状細胞では同心円にはならないことなどから、現在は、T細胞—抗原提示細胞間の機能的接着面を総じて広義の「免疫シナプス」と呼んでいる。
免疫シナプスを構成する「マイクロクラスター」
免疫シナプスの構造をより詳細に解析するため、全反射蛍光(total internal reflection fluorescence : TIRF)顕微鏡とプレイナーメンブレンとの融合イメージング研究によって明らかにされた構造が「TCRマイクロクラスター」である5)。TIRFは、励起光の入射角を大きくしカバーガラスで全反射される際、トンネル効果によってしみ出したエバネッセント光を使って蛍光物質を励起するため、エバネッセント光が届く数100nmの深度の微弱な蛍光観察に適している。高精度イメージセンサーを用いることで、ビデオレート(30フレーム/秒)での緑色蛍光蛋白(green fluorescent protein : GFP)の1分子観察も可能である。前述のように、免疫シナプスは、形態と機能とを融合させる理想的な概念ではあったが、SMACができるまでにはT細胞と抗原提示細胞とが接着してから5-10分を要するため、1分以内にピークに達するTCRシグナルのリン酸化反応や、同じく秒の単位で起こるカルシウムの流入といったT細胞の生化学的解析結果は説明できなかった。
TCRマイクロクラスターは、T細胞とプレイナーメンブレンもしくはT細胞と抗原提示細胞との接着面に観察されるTCR 20〜30個の凝集体である(図中段)。T細胞がプレイナーメンブレンや抗原提示細胞に接着し、接着面積を広げていく過程で次々に形成され、最終的には接着面つまり免疫シナプスに200-300個が形成される。その後T細胞の収縮に伴い、アクチン、ミオシンIIA、ダイニンなどの細胞骨格分子の働きにより中心部に移動し6)7)、5分後にはc-SMACつまり免疫シナプスとなる。TCRマイクロクラスターには、TCR/CD3複合体に結合するキナーゼzeta-chain-associated protein kinase 70 (Zap70)やその下流のアダプター分子SH2-domain-containing leukocyte protein of 76 kDa (SLP-76)やlinker of activated T cells(LAT)といったTCR下流のシグナル伝達分子が会合するため、TCRマクロクラスターは単に免疫シナプスの構造要素というだけでなく、“T細胞活性化の単位”つまり「シグナルソーム」として働いている。面白いことに、下流のシグナル伝達分子がTCRマイクロクラスターにリクルートする時間は20〜30秒程と短い。その代わりT細胞とプレイナーメンブレンもしくは抗原提示細胞との間の新たな接着面では、シグナル伝達分子が同居した新たなTCRマイクロクラスターが形成され、c-SMACへと移動を繰り返す。一方、c-SMACに辿り着いたTCRマイクロクラスターはシグナルソームとしての機能を終え、c-SMACでエンドサートーシス・分解されると考えられる。
弱い結合を支持する「マイクロシナプス」
前述のように、接着分子LFA-1はそのリガンドICAM-1と共にp-SMACを構成し、免疫シナプスの安定化に機能する。LAF-1はTCRシグナルからのinside-outシグナルによってICAM-1との接着性を増加させるような構造変化を起こし、それと同時に、LFA-1からのoutside-inシグナルもTCRシグナルと共にT細胞活性化に機能する。最近、多根らはMHC+抗原ペプチドが少ない状況、つまりTCRが弱い刺激を伝える際、LFA-1がTCRマイクロクラスターを局所で取り囲む現象を発見した(図中段左)。このLFA-1の小さな輪状構造には、局所接着分子パキシリンや接着点チロシンキナーゼProtein tyrosine kinase 2(Pyk2)、ミオシンIIなどの接着や細胞骨格に関連する分子が集まっており、アクチン重合を介してマイクロクラスターの構造を安定化させている。また、このLFA-1の輪状構造ができないと、TCR下流のSLP-76やLATの会合もおきにくいことから、この構造はTCRマイクロクラスターの安定化だけでなく、TCRシグナル、特に弱いシグナルやシグナル惹起の最初期に必要な構造と考えられ、免疫シナプスの小型版「マイクロシナプス」としての機能が示唆されている。
超解像顕微鏡の特色
免疫シナプスが、よりミクロな構成単位であるTCRマイクロクラスターでできているのだとしたら、マイクロクラスターはTCRのモノマーが単純に凝集したものか、それともさらに小さなクラスターが存在するのか。この疑問は最近の超解像顕微鏡の進歩と共に解決されつつある。
光学顕微鏡では基本的な原理「アッペの式」に基づいて、用いる光の波長の半分が限界、つまり可視光の波長400〜700nmでは短波長400nmの半分=200nmが二点間分解能の限界である。1nmをはるかに満たない電子線を用いれば高解像の画像が取得できるが、ライブイメージングは不可能となる。2014年のノーベル化学賞受賞として評価されたのは、200nm以下の超解像画像を生きたまま取得することを可能にした下記の原理である。現在用いられている超解像顕微鏡システムには主に3種類、① Structural illumination microscopy (SIM)、② Stimulated emission depletion (STED) microscopy、③ single-molecule localization microscopy (SMLM)/photoactivated localization microscopy (PALM)/stochastic optical reconstruction microscopy (STORM)がある8)。SIMは、従来の蛍光顕微鏡を利用し、スリット状の励起光を角度を変えて照射・画像収集することで、スリットの角度の違いから生じるモアレを利用した解像度方法である。STEDは、共焦点レーザー顕微鏡を応用し、スキャニングレーザーの周囲に、放出波長の膨らみを打ち消すためのドーナツ状の脱励起ビームを当て、小領域からのデータを収集する。SMLMには、その名の通り1分子の情報を微弱な全反射光(エバネッセント光)と光励起可能なスイッチ機能付き蛍光プローブを用いて取得するPALM/STORMがある。PALM/STORMでは、一度全ての蛍光プローブを退色させ、弱い回復波長光で一部のプローブをランダムに回復させ、励起光で位置データを収集、それを何千回と繰り返すことで1枚の画像データを構築するため、水平方向解像度30nm、垂直方向解像度140nmという超高解像に到達する。
超解像顕微鏡で見る「ナノクラスター」
ナノクラスターの発見に繋がった超解像のイメージングは、スタンフォード大学のDavisらによって始まった。ニューメキシコ大学Wilsonらの凍結細胞膜切片を剥離する技術を用いて、T細胞の細胞膜の凍結剥離切片を電子顕微鏡で観察し、細胞膜分子がプレクラスター状態で存在することを発見した9)。細胞膜は蛋白質組成とリン脂質組成とにより3つの部位に分けられ、① linker for activated T cells (LAT)など脂質raft局在分子の集まった“ラフト蛋白質island”と、② TCRなどの膜蛋白質が豊富な“ノンラフト蛋白質island”、③ 蛋白質が粗な“蛋白質フリー細胞膜領域”が存在し、非活性状態の細胞では蛋白質フリー細胞膜領域がラフト蛋白質islandとノンラフト蛋白質islandを隔離し反応を抑えている(“nano-scale island model”)(図下段左)。当初は凍結切片作製時の人工物である可能性も否定できなかったが、後にDavisらは超解像顕微鏡を用いて、自らそのプレクラスターの存在を明らかにした。SMLMを用いた最初のT細胞シグナルの超解像イメージングとなったこの研究では、TCRもLATもT細胞の無刺激時において既に独立した直径40-250nmの蛋白質island(ナノクラスター)を形成していること、またTCR刺激後もTCRとLATのナノクラスターはお互いに重なることなく独立したislandを保ったまま寄り添い、活性化することが明らかとなった10)。
PALMによるTCRの可視化では、細胞膜上の分子と細胞質の分子との違いも区別して画像化することができ、その結果から新らしい発見もある。無刺激状態のときに既に存在するTCRやLATの蛋白質islandは、TCR刺激によってLATのisland自体は大きくなるが、細胞膜に存在するLATのislandがリン酸化を起こしたり、側方に移動してTCRのislandに結合してT細胞シグナルを伝達したりするのではない、という観察結果である。その代わりに、TCRシグナルに寄与しているLATはむしろシナプス直下の小胞(Subsynaptic vesicles : SSVs)に内包されているLATであり、SSVsのLATが細胞質から細胞膜上のTCR islandにリクルートし活性化シグナルを伝える11)(図下段左)。一方で、CD4とLATとのキメラ分子を作製し、CD4で染色できる細胞膜上のLATと染色できないSSVs内のLATとを区別しながらTCRとの共局在を可視化すると、やはりこれまで考えられていた通り、刺激前から存在する細胞表面上のLATがTCRと共にTCRマイクロクラスターを形成し、SSVs内のLATはT細胞活性化の維持シグナルに過ぎないという結果であった12)、前述の超解像顕微鏡によるLAT islandの真偽の程は今後の研究次第である。
2色の蛍光プローブを用いたPALMの観察では、無刺激状態でのTCR islandはTCR 2〜3個からなり、TCR下流のシグナル伝達分子Zap70もSLP-76もLATもTCRとは別のislandとして存在することが可視化されている13)。リン酸化したCD3zにリクルートするZap70がTCRナノクラスターに局在していることからも、LATナノクラスターは、TCR刺激によって一部TCRナノクラスターと重り、Zap70からのリン酸化を受けるようだ。TCR下流のシグナル伝達分子として生化学的にLATとの会合が知られているリパーゼphospholipase Cg1 (PLC g1)やアダプター分子Grb2も、SLP-76と同様にナノクラスターとして存在しているが、TCR刺激によるTCRナノクラスターへの共局在はGrb2よりPLCg1の方が良く、同じLAT会合分子間でも挙動には差がある。また、SLP-76ナノクラスターはTCR刺激と共にLATナノクラスターの周囲を珊瑚礁のように取り囲み、より強いTCR刺激やリン酸化が誘導される際は、Zap70ナノクラスターとSLP-76ナノクラスターが重なりを増すという興味深い結果も観察されている。
PALMを用いたCD4/CD8に会合するキナーゼLckのイメージングからは、Lckナノクラスターの形成が、Lck自身の立体構造変化で起こることが分かってきた14)。常に比較的活性化状態にあるLckは、意味のないTCRシグナルの活性化を防ぐためにも、その基質となるTCR/CD3複合体との隔絶が必要である。Lckナノクラスターの形成は、Lckと会合するシグナル伝達分子との蛋白結合や、ミリスチン酸修飾やパルミチン酸修飾による細胞膜脂質分画との会合に起因するのではなく、Lck特有の活性化/非活性化制御であるOpen/Closeの構造変化が重要らしく、CD45と解離しTCR/CD3複合体と会合する一連の挙動もOpen/Closeの制御によるらしい。
TCR/CD3複合体に含まれるimmunoreceptor tyrosine-based activation motifs(ITAMs)のリン酸化チロシン残基の数とT細胞応答との関連性は、長年議論されてきた問題である。ITAMsのチロシンをフェニルアラニンに置換した各々CD3g/d/e/zをT細胞に導入しITAMsの数が異なるT細胞をSTORMにて観察した結果、ITAMsの数が減るにつれて腫瘍原性転写因子Notch1クラスターのTCRナノクラスターへの会合も減少するという現象が観察された15)。通常の実験でT細胞反応性を評価するために測定されるサイトカイン生量は、ITAMsのリン酸化が少ない場合でもあまり影響を受けないが、T細胞増殖はリン酸化されたITAMsの数と強く相関するようだ。この現象は、ITAMsのリン酸化が弱いと、TCRの下流でRacのguanine nucleotide exchange factor(GEF)として働くVavのクラスターが、TCRナノクラスターへリクルートする効率が下がり、その結果Notch1ナノクラスターもTCRナノクラスターへリクルートしづらくなることが原因と考えられている。この現象は、細胞分裂を誘導できないような弱いアゴニストペプチドを用いた場合にも当てはまる。
二段階に形成されるマイクロクラスター
最近、TIRF顕微鏡を用いたTCRシグナルソームの研究で、興味深い結果が報告された16)。TCRマイクロクラスターのイメージングで用いられる抗原提示人工脂質膜:プレイナーメンブレンを、逆にT細胞の細胞膜に見立て、蛋白質精製したTCR下流のシグナル伝達分子をその上で混合し化学的に起こる各分子間の結合をイメージングするという実験結果である。① チロシンがリン酸化されている活性化LATと、② SOS1のアダプターとしてLATに結合するGrb2と、③ RasのGEFとしてGrb2に結合するSOS1を一定の比率で混合すると、Grb2に存在するSH2ドメイン1つを介してLATに存在する3つのリン酸化チロシンのどれかと無作為に、Grb2に存在するSH3ドメイン2つを介してSOS1に存在する4つのプロリンリッチ領域のどれかに無作為に結合し、LAT–Grb2–SOS1の三者がある一定以上の大きさのクラスターを形成するという現象である。つまり、複数の分子が結合可能な部位を多価に持ち合わせていることが、シグナルソームの形成には必須ということである。同様にZap70とLATとのクラスターは、LckによるCD3zとZap70のチロシンリン酸化をトリガーとして形成に至るようだ。また、Lckの初期の活性化を担う膜型フォスファターゼCD45は、リガンドとの結合なしに、細胞膜貫通領域のマイナス電荷のみでZap70–LATクラスターから排除されることも明らかにされた。また、SLP-76下流の反応系であるアクチン重合が始まると、これまでドット状にクラスターを形成していたLATがアクチンを骨格としたフィラメント状のクラスターへと安定化し、流動的なクラスターからソリッドなクラスターへと二段階の過程を経て、安定したTCRシグナルソームが形成されることも明らかとなった。
超解像顕微鏡で観察すべき細胞膜微細構造
生化学で描出される脂質ラフト画分を可視化しようという試みは一時期注力されたものの、細胞膜上に大陸のように分布する脂質ラフトのイメージングも人工物である可能性が高く、ショ糖密度勾配法によって示されるような明解な結果は得られていない。LckやLATのような脂質ラフト局在分子はTCRマイクロクラスターに局在するものの、マイクロクラスターと一致する脂質ラフト分画は可視化できず、また、B細胞受容体マイクロクラスターでもクラスター形成直後に一過性に脂質ラフトマーカーがFluorescence resonance energy transfer(FRET)解析で可視化できる程度で、我々が想像するようなisland状の脂質ラフトはもっと微細なものと考えられる。ゆえに超解像顕微鏡は、細胞膜脂質分画のイメージング研究に大きな可能性を持っているだろう。また、何を指標にして脂質ラフトと考えるか、脂質ラフト局在マーカーを指標にして可視化する限りでは、果たしてそれが本来の脂質ラフトを意味するのか、マーカーを見ているだけなのか、という疑問も残る。このような見地からも、TCRと細胞膜脂質分画との超解像研究の有用性が期待される。
細胞外からの刺激が細胞内へ伝えられるメカニズムとしては、TCRがリガンドと結合することによって、TCR/CD3複合体の細胞外ドメインの立体構造が変化し、その構造変化が細胞内領域へと伝わりシグナルとなる、と考えられてきた。CD3eに注目した場合、MHCペプチドとの結合を機にCD3eも構造変化を起こし、露出したCD3eの細胞内のプロリンリッチ領域にアダプター蛋白Nckがリクルートすることで、TCRシグナルを伝達すると考えられている17)。しかし、同じCD3e細胞内領域のプロリンリッチ領域を欠損したCD3eノックインマウスを作製しても、末梢成熟T細胞の反応性は変わりがなく、一方、同領域が胸腺CD4+ CD8+ ダブルポジティブT細胞のTCRの発現低下や、弱い結合力しかないリガンドとの結合における感受性の増加に繋がることが示されており、CD3eプロリンリッチ領域とNckとの結合も、T細胞の分化段階や刺激の程度によって異なるようだ18)。よりも長い細胞内領域を持つCD3zでも、静止期ではその細胞内領域は塩基性アミノ酸を介して細胞膜内膜に張り付いていると考えられている(図下段右)。TCRとMHCペプチドとの結合を機に、CD3zの細胞内領域が細胞膜内膜から離脱し細胞質に突出すると、LckがCD3zのITAMsをリン酸化しZap70がリクルートする19)。同様にCD3eのFRET解析でも、T細胞非活性化状態ではCD3eの細胞内領域はその塩基性アミノ酸領域を介して細胞膜内膜にへばりつき、1つのITAM領域を細胞膜の疎水性部位に埋め込んでいることが示されている20)。CD3e細胞内領域の塩基性アミノ酸領域は、細胞膜内膜のマイナスに荷電した分子、特にフォスファチジルセリンのマイナス電荷と引き合っていると考えられている。TCRがMHCペプチドと結合しTCRがマイクロクラスターを形成すると、フォスファチジルセリンはTCRマイクロクラスターから除かれるため、ゆえにCD3eは細胞膜内膜からの束縛から解放され細胞質に突出すると考えられる21)。CD3eやCD3zの塩基性アミノ酸領域がTCR刺激後に細胞膜のマイナスの電荷から解放されるメカニズムには、刺激によって細胞質内濃度が上昇するカルシウムイオン(Ca2+)の関与が示されている。高速スピニングディスク共焦点レーザー顕微鏡とカルシウムインディケータを使用するによって、MHCペプチドと結合したTCRの周囲には、細胞質よりも高い濃度のCa2+が集積していることが可視化され、CD3e/CD3zと細胞膜内膜とのFRETは解消される。TCR近傍に蓄積したCa2+が細胞膜のマイナス荷電のリン脂質と結合し、電荷を中和しているという仕組みである。ゆえに、活性化すべきTCR/CD3複合体のCD3e/CD3zのみが細胞膜内膜からの束縛を離れ、細胞膜内膜にフリーに存在するLckのリン酸化を受けることができる22)。
おわりに
T細胞シグナルのイメージング研究は、免疫シナプスのmmのオーダーからTCRナノクラスターのnmのオーダーにまでに発展してきた。これは、超解像顕微鏡を始めとする光学系の進歩と同時に、画期的イメージング法を生み出すプローブなどソフト面での進歩も平行していたからだと感じる。ナノクラスターの観察は1分子のレベルで行われるが、その結果は免疫シナプスを究極的に分解してもある程度のクラスター=islandを形成していることを示しており、これまで想像していたように単体で細胞膜に突き刺さってるのでもなさそうだ。しかし、シグナルに寄与するLATが細胞膜であるのか小胞内であるのかという議論に代表されるように、細胞の種類や刺激の条件、タイミングの違いなどで異なる結果が幾つも報告されている。ゆえに、現在の超解像顕微鏡で1分子の挙動を議論するにはまだ限界があるだろうし、完全な正解は導けないだろう。筆者のTCR/CD3の一分子イメージングの経験では、細胞膜上にあるTCR/CD3はとてつもなく早いスピードで細胞膜上をランダムに動いていたことを記憶している。あのスピードでTCR/CD3数個がナノクラスターとして一緒に、しかも他の受容体や蛋白質が障害物として多数存在する細胞膜上を走り回れるとは考えにくい。少し研究が進み、ハードの安定性と使う実験者の技術の進歩の後に、もう一度評価される研究成果に期待したい。